【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 5回目】いよいよスタイリング───その1
- 2019/07/11
- MotorFan編集部
AUDI 100

しかし、そんな毎日を過ごしているなかで衝撃を受ける車が登場した。1982年発表の三代目AUDI 100だ。量産の典型的なセダンでCd値が0.3を切るというような数値だったことも驚きだったのだが、なによりそのデザインが空力特性を最大限に追い求めるという目的で隅から隅まででき上がっていたことに衝撃を喰らった。僕にとってはとにかく劇的に「新しかった」。そして、その技術的背景をもった「新しさ」が有無を言わさずにカッコ良かったのだ。それまでの、自分のなかで自分の感性の範疇で「カタチ」だけをその日の気分で捏ねくり回していたスタイリングの概念が吹っ飛ばされた。AUDIのデザイン開発のアプローチに論理的にも感心させられたし、そして結果としての外観が美しかった(美しいと感じた)。それはアーティスティックな美しさとは違う種類の美しさ。自分のなかで“なにか”が確実に変わった瞬間だった。
時代を繙いてみると第2次世界大戦の前後に自動車先進国の欧州では自動車のデザインは様変わりし始め、レースでの最高速度向上を目的とした空力改善がなされ、それにともなってボディの構成も変化した。また欧州は陸続きで高速道路も整備されており一気に遠距離を高速で移動することが日常にあるために効率良く高速巡航できることが求められていた。1947年にピニンファリーナがデザインしたチシタリア202クーペを始め、トゥーリングがデザインしたフェラーリ166インテルなどそれまでの自動車デザインとは一線を画し空力を強く意識したフェンダーとボディを一体化したスタイルで登場している。1955年にはシトロエンが当時としては遥かに次元の異なるDSを発表し、それがGSやCXへと繋がってゆく。またフェラーリとともに空力ボディを追求したピニンファリーナは1972年には独自に風洞実験設備も作ってしまう。車が高速化するための時代要求により、空気抵抗との戦いが切実な問題となりスタイルは変わった。いつの時代もスタイルは時代の要求で技術的にブレイクスルーされるのだ。AUDI 100は世界がちょうど2度のオイルショックを体験した後に急速に空力追求が高まってきたという背景があった。車が本気で使われる地域で、使う人の望む欲求から、確実に技術的改革をともなって変化を遂げてきて、やはりそういう面では日本は歯が立たないものがある。
AUDI 100を見るためにディーラーへ何度も通ったのを憶えている。とにかくつぶさに見て回った。なんといっても最も革新的だったのは窓周りの立て付けだった。ヒドゥンタイプのサッシを採用した窓周りは段差が極めて小さい驚異的なフラッシュサーフェイス処理だった。固定ガラスは接着となり、窓周りからSゴムが消え、ボディパネルとガラスも連続面になった。
ボンネットとグリルの隙間も5ミリほどしかなく、当時僕らが設計者から言われていた「クッションストロークは10ミリ」という数字とは大きく違っていた。とにかく隙間という隙間は可能な限り狭く詰められ、窓周りからは雨樋も消えた。ランプも当然異形ランプだったし、ホイールもディッシュタイプだった。ボディ造形もそれまでの感性とは違い、目的が論理的だった。
基本的には大きく湾曲するストロークの大きなゆったりとした船形のプランカーブのなかに前後のタイヤは収められるようにコントロールされている。だからホイールアーチのフレアは極端に小さい。最小限度のフレアで処理されている。
この大きなストロークのボディが見た目にも空気との親和性が最高に良さそうに見えたし、サイドウィンドウはこの大きな曲率に応じるようにセンターピラーで前ドアと後ろドアのガラスを折ってプランカーブに追従しており、はめ殺しのクォーターガラスは今度はCピラーとの段差をなくすために後ろドアのガラスとは逆に外向きに折ってセッティングしてあった。
ドアミラーもそのセクションが風の流れを良く読んで計算されていた。ボンネットを越えてフロントウィンドウで左右に押し分けられ、やや上方からボディサイドに回り込む空気の流れをスムーズにいなすような断面をとっていた。僕は残念ながらこの車を運転する機会に恵まれなかったのだが、風切り音などの抑えられた静粛性も、それまでの車とは大きく改善されていたに違いない。当然床下も整流されていて、このAUDI 100は2.2ℓエンジンで時速200kmで巡航ができたという。
技術に裏付けられたデザインが性能を向上させる。しかもそれまでの車作りとは一線を画す先進性を持ちながら、そういう「時代としての美しさ」を感じさせるある意味で理想的なドイツデザインだった。日本車の設計スタンスもこの車が登場したことで変わったのは間違いなかった。
僕のデザインへ対する姿勢もこの時を境に大きく変わっていった。自分のなかの狭苦しく乏しいバックグラウンドだけではどうしようもないと思った。また、感性も訓練しなければ枯渇する。ここに気づけたのが、社会人デザイナーになって3年目ほどの出来事だったのはとても幸運で、その後の僕のカーデザイナーとしての人生にとてもためになった。
Ferrari 166MM

Citroën DS

難波 治 (なんば・おさむ)
1956年生まれ。筑波大学芸術学群生産デザイン専攻卒業後、鈴木自動車(現スズキ)入社。カロッツェリア ミケッロッティでランニングプロト車の研究、SEAT中央技術センターでVW世界戦略車としての小型車開発の手法研究プロジェクトにスズキ代表デザイナーとして参画。94年には個人事務所を設立して、国内外の自動車メーカーとのデザイン開発研究&コンサルタント業務を開始。08年に富士重工業のデザイン部長に就任。13年同CED(Chief Executive Designer)就任。15年10月からは首都大学東京トランスポーテーションデザイン准教授。

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