作家・安部譲二の華麗な自動車遍歴コラム。名車と聞けば馳せ参じる安部譲二、波乱万丈のクルマ人生! 【コラム】華麗なる自動車泥棒 (安部譲二)Vol.2
- 2017/04/30
- MotorFan編集部
日曜日の新聞の個人広告に、『52年型トライアンフ・メイフラワー。黒塗り、内装赤本皮。走行1万2千キロ、新車同様。アメリカ移住の為、信じ難い超特価』という、チャーミングなのを、僕は遂に見付けたのです。
そのころのトライアンフは、定評ある大型バイクの他にTR2というスポーツカーも作っていました。記憶がハッキリしませんが、もしかすると54年にはTR3Aが登場していたかもしれません。(編集部注:TR3は55年、TR3Aは57年登場)
いずれにしてもトライアンフがスピットファイアを出したのは、それから数年後のことです。(編集部注:62年登場)
そしてトライアンフは、セダンも2種類作っていて、『貧乏人のロールス・ロイス』と呼ばれた大型のリナウンと、それに小さくて角ばったシェイプのメイフラワーでした。
リナウンもメイフラワーも、キリリとしたといえば褒め過ぎですが、直線で構成された個性のあるデザインだったのです。荘重というのには遠くても、『安い価格でなんとか品位のあるクルマを……』という、トライアンフのポリシーが、リナウンとメイフラワーからは感じられました。
安っぽい近代的な曲線を使わずに、直線を使った角張った形が、少年の僕にはとても好ましく思えたのです。
すぐ電話をしたら、もの憂げな声を出す小母さんが出て、「この英語は、若い外国人だね。マライかいビルマかい……」といったので、僕は香港から来たと嘘を言いました。
まだ第2次世界大戦が終わったばかりで、イギリスの対日感情は、非道く悪かったのです。日本人は憎まれ、嫌われていました。本当のことをいったら、とても格安でなんか売ってくれません。
いくらかと、息を詰めておそるおそる訊いたら、小母さんは低い声で笑って、「まあ来て、美しいメイフラワーを見てごらん。このクルマにふさわしい東洋の若者だったら、値段なんかいくらでもいいのさ」なんて、今の歳になって思えば、物凄い殺し文句を囁いたのです。
今だと決してこんな台詞には引っ掛かりませんが、なんといっても、僕も16歳の少年でした。フラットの前の道路に停めてあったクルマは、左側のボンネットとフェンダーがバンパーと一緒にグシャリとひしゃげていました。
それでも車高の高めな黒い角張ったメイフラワーは、僕の目には光り輝いて見えたのです。その当時の僕は、今のような禿でデブチンではありません。上背が178センチあったのに、ボクシングは少し減量すれば60キロのライト級でやれたのです。
「ウン。お前さんはこの美しいメイフラワーに乗るのにまったくふさわしい、東洋の若い紳士だ」
トライアンフがお前さんのために作ったクルマみたいだ……なんていわれて、若かった僕は手もなく小母さんの術中に落ちてしまったのでした。
痩せぎすの、長いキセルで煙草を吸う、後から思うと随分妖しげな小母さんでしたが、若いころの僕はそんなことまではわかりません。小母さんは極くゆっくりと、フラットのまわりを走ったのですが、まだ手付けも払っていなかったこともあって、助手席の僕は、自分に運転させてくれとはいい出せなかったのです。
翌日、虎の仔の貯金を降ろして500ポンドを払うと、小母さんは、前の凹みの修理はせいぜい100ポンドだといい残すと、鍵を渡して、待たせていたタクシーで、窓から投げキッスをしながら去っていきました。
僕が初めて自分のお金で買ったメイフラワーは、センターが狂った事故車で、真っ直ぐに走れないと分かったのは、小母さんが去って15分後でした。
それでも僕はそれから6ヵ月も、ほっておけばどんどん左にいってしまう美しいメイフラワーを、カウンターステアを当てながら、ソロソロ走りまわったというのです。
呆れて売り払った時は、屑鉄の値段でしたから、青春はいつでも残酷なのです。
(月刊GENROQ 1997年2月号掲載『クルマという名の恋人たち』再録)
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