【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 9回目】Back to Essentials
- 2019/08/24
- MotorFan編集部

日本人は「間」を活かす美意識を持っている……はずだが
表面的な部分よりも先にスタンスの良さや抜群のプロポーションを狙ってほしいのだが、日本車の場合はそこの部分の詰めが甘い傾向にある。4つのタイヤの上にしっかりと安定したボディを載せられているか、そのボディは体幹がしっかりと通っているか、ボディとキャビンの立体バランスは取れているか。そちらが先であるべきなのだ。
それこそが「デザインが持つ基本性能」なのであり、そのデザインの「性能」を達成させるためにまずエンジニアとパッケージ段階で徹底的に戦って貰わねばならない部分なのである。そこを突かないのでいつまでたっても日本の自動車は熟成度が上がったように見てもらえないし、そのために本質的な評価が上がらないので結果として日本のメーカー内のインハウスデザイン組織のプレゼンスが上がらないのだ。
その上でデザインを構成するために必要なモチーフが入ってくるのであるが、基本が成り立っておらずバランスが悪いためにどうしてもそれをカバーしようといろいろなモチーフが入る。基本的な立体が弱いために立体から発する強いメッセージが出てこないので表層的な柄に頼ることになり満艦飾になってしまうのだ。無用なモチーフで立体を裁ち切るごとに発するメッセージが散漫になり弱まっていくことになかなか気づかない。本来、立体を魅力的に見せようとする場合には、できるだけ少ない要素でテーマを魅力的に見せることを考えることが重要である。そちらの方が圧倒的にメッセージが強いからである。
要するにすべてがバランスの問題なのである。もともと日本の美は空間のバランスの妙であったはずで、なぜそれが立体でできないのかと思う。私たちが使用している平仮名文字などその典型だ。最小の要素で記号としての機能も持つのであるが、その姿はすべて最高のバランスになっていて足すものも引くものもそこにはない。
私たち日本人はそういう「間」の美しさを究極まで極める美意識を持ち合わせているのだ。であるから立体のデザインにおいてもそこを突き詰めてもらいたいと思うのだがなぜかそれができていない。足すことは簡単だが、引くことは難しい。しかし引き算でないと真に強いメッセージはでてこない。研ぎ澄ませた最小限の要素に勝るものはないのだ。
それができているクルマというのはカーブもサーフェイスもごちゃごちゃしていなくてシンプルであり、シンプルということは基本的に緻密にバランスを取っているのである。考え抜かれた構成力の高さを感じ、シンプルでないクルマとはいかにも知性の差があるように感じさせるのである。どちらがクルマとして存在感を強く発するだろうか。そこを大切にしてもらいたいと思うのだ。
私は新しいモチーフを探すことを否定しているのではない。そのモチーフがモデルチェジで消えずに継続されるようなそのブランドにとって真に大切なモチーフなのかを問うているつもりだ。モデルチェンジごとにソロバンのように「はい、御破算に願いましては」のごとくゼロに戻していてはいつまでたってもそのブランドは熟成をしてこないのである。
そのような基本要素の追求がしっかりできていないのに、一方で競合車のデザインを徹底的に分析して、その分析結果を解析して幾つかの方程式を見出し、都度開発に合った方程式を使用して回答を得るようなことやチェックをしたりする。まさかこんな風に専門の部門を作って統計を出すほどにはしていないと思うのだが、これに近い評価方法を持っているのは間違いない。顧客の満足度を上げる目的で、これはマーケティング手法から考えられたデザイン手法なのかもしれない。ユーザーの好みをポイントでカウントするようなやり方だ。これはいかにもチェックがしやすい。結果として失敗を極力回避することにつながるという論理だ。
確かに企業内デザイン組織内では、飛び抜けた才能を持ったデザイナーばかりがいるわけではないのでこの方法の利用価値はそれなりにある。この方法なら誰もが及第点のレベルまでは到達できるのかもしれない。無駄な時間や遠回りを省き、失敗や損失を可能な限り減らす。才能が飛び抜けていなくても職務を遂行することが可能だ。こういう進め方は組織的でいかにも日本的だ。
このやり方を取れば「新しい感じ」「面白い感じ」「楽しい感じ」というような情緒的な表現も数値的に導き出すことができるというわけである。しかもこの方法をとればデザインのプレゼンテーションにおいてもすべて口頭で論理的に説明ができる。「調査から明らかになりましたAという要素、Bという要素、さらにCという要素を含んでおりますので、ゆえにこのデザインは優れています」というようにだ。
これは企業という組織内の承認活動の必要悪でもある。感覚的であるものを理屈で説明し、納得を得なければならないからなのだ。デザインを説明で納得してもらうことほど悲しいことはないのだが実際には行われている。しかしその上で、そこまで論理的に説明されたことを制してまで「理屈は解った。だけどこのモデルはカッコよくない」と言える役員もまたなかなかいない。日本の自動車会社にはデザインを経営視点で推し量り、自分の感性で責任を持って決済を下せる副社長クラスのデザイナー出身の役員が置かれていないからである(世界を見回しても日本くらいだ)。

今後ビッグデータ時代の現代ではこのような手法が主流になりかねない。かなり高い精度で悪くないデザインは構築できるようになるかもしれない。ほとんど的を射たデザインができるだろう。しかしそれらはユーザーの好きそうなデザインへの近似値であってそれ以上にはならない。あくまでも予定調和の域にしか達することができない。「まあ、悪くないね」という具合で心から感動するものは生み出せない。
もちろん「綺麗な比率」も分析するだろう。そうするとデザインすべき車体の諸元値比率から計算で算出したデザインを示してくれるかもしれない。1ミリもズレないところに稜線を入れたり、計算され尽くしたサーフェイスの変化で稜線と稜線をつないでくれるのかもしれないが、残念ながら感動は呼ばないと思うのだ。
なぜなら、モチーフとモチーフの間に生まれる「間」が雰囲気を作り出し、微妙なサーフェイスの変化が「味わい」を醸し出す。「匂い立つような」もの。「滲み出る美しさ」などは残念ながら統計からは生み出せない。わくわくする部分は計算からは出すことができないのだ。なぜなら人には気分があり意志があり創造力があるからだ。自分の意志でちょっとバランスを崩したり、ちょっと変えたりできる。そこに旨味が出てくるのだ。そしてそれを可能にするのは、これまでどれだけ良いものに触れてきたかにかかる。どれだけ実際にその手で作ってきたかで決まる。その上で造形を行っている現場でのインスピレーションがとても大事なのだ。手で触り、目で感じてその場で生まれた感覚で素直に判断をすることに勝るものはない。
クルマも料理も化学調味料で計算され数値管理された「らしい味」に飼いならされてしまわないでもらいたいと思う。舌は鈍感になり、本当の味を知らないまま大人になってしまう。それらしく感じさせるステレオタイプの味が本当の味であるように信じ、覚えてしまう。スナック菓子や冷凍食品が本当の味になってしまっては困る。旨さの元がどこにあったかぜひ探ってもらいたいのだ。たまには昆布と鰹節を自分で削り出汁を取ってみてもらいたい。こんなに穏やかで、しかし実に深い味わいがするものだということを体感してもらいたいのだ。
クルマは周囲の車達と一緒に走るときにすべてが明らかになる。結局はどれだけ基本アーキテクチャーがバランスよく出来上がっているかが勝負の肝となっていることが一発でわかる。その差を詰めない限りいくら表面を取り繕っても本物を解っている人には振り向いてもらえない。
また、いま一度綺麗なサーフェイスに映り込むリフレクションとしての周囲の景色や環境を見て感じてもらいたい。クルマの本当の美しさはどこにあるかを感じてもらいたいと思う。人が立体を感じ取る時に何をもって感じているか、そこをもう一度考えてみてもらいたい。デザイナー自身も同じように感じているはずだからできないはずはない。
定番を持っているブランドは強い。定番は定番として最も基礎的なものだからだ。飾り立てない、しかし足りないものはない。底辺に流れる強い太いメッセージがそこにある。基本に立ち戻って、求められているその姿を研ぎ澄ますことにもう一度トライをしてもらいたいと強く思う。表層的な見た目や、底の浅いファッションだけに目を奪われたり流されたりしないでいただきたい。『本当に必要なものは何か』そこをしっかりと見定めた上でのアレンジである。それができていれば間違いなくリピーターは付いてくるはずだ。行き着くところは基本であり、結局そこに帰結するのだ。
難波 治 (なんば・おさむ)
1956年生まれ。筑波大学芸術学群生産デザイン専攻卒業後、鈴木自動車(現スズキ自動車)入社。カロッツェリア ミケッロッティでランニングプロト車の研究、SEAT中央技術センターでVW世界戦略車としての小型車開発の手法研究プロジェクトにスズキ代表デザイナーとして参画。94年には個人事務所を設立して、国内外の自動車メーカーとのデザイン開発研究&コンサルタント業務を開始。2008年に富士重工業のデザイン部長に就任。13年同CED(Chief Excutive Designer)就任。15年10月からは首都大学東京トランスポーテーションデザイン准教授。
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